地下の熱を利用する発電である。
現在実用化されている方法は,地下の坑井を通じて,噴出する天然蒸気から熱水を取り除き,
蒸気の圧力でタービンを回して発電するものである。
地熱は石油・石炭などの化石エネルギーと異なる自然エネルギー資源で、
その特長として純国産であること、地球温暖化のもととなる炭酸ガスの排出量が極めて少ないことが挙げられる。
反面,課題として,熱水には一般に砒素をはじめとする有毒物質を含むこと,地下水の流れに影響を与えること,
中でも周辺の温泉の枯渇を招くことがあり、また,景観を損ねることなどが指摘されている。
地熱発電の一般的なフローは次のとおりである。
抗井→(蒸気含有熱水の汲み上げ)→セパレータ(熱水と蒸気の分離:熱水は地下に還元)
→(蒸気のみ移送)→タービン(発電)→(排気の移送)→冷却(河川水による)→放出
抗井すなわち熱水を汲み上げるための井戸の深さは一般に1000mから3000m程度である。
生産井(発電に用いる抗井)には、先端部で約200mmの口径のものが用いられている。
地熱発電では,1000−3000mの深さにある熱水を汲み上げる。
この深さの水は,地表水が浸透すると考えれば,一般に数十年またはそれ以上の時間を経る必要があると考えられる。
温泉でも1000mを超えるものも希にあるが,一般にはこれよりはるかに浅く,0mすなわち地表から自然湧出しているものも数多い。
現在行われている地熱発電では,高圧下の地下から噴出した概ね200゜C以上の水蒸気が,発電用タービン駆動に用いられている。
この温度は高温であるほどエネルギーとして利用しやすい。
一方,含有する成分には問題が多い。
一般に深い地層から得られる熱水には,一般の温泉に用いられる水と異なり,毒性を持つ砒素,水銀が含まれている場合が多い。
また主に水蒸気中に硫化水素などが含まれていることも多く,これは大気に放出されやすいものである。
温泉1箇所あたりの平均的な汲み上げ量は100L/min程度である。
東京都の下町では,浴場用の地下水汲み上げ量が1箇所あたり約35L/min以下に制限されているところもある(※1)。
一方,地熱発電では,10万kWあたり,60,000L/min程度の熱水が汲み上げられている(※2)。
現在,日本の火力発電による発電量約1億kWの0.5%にあたる50万kW超が地熱発電でまかなわれているが,
温泉の数にして3,000箇所の温泉に相当する地下水が移動させられていることになる。
1973年には当時の通産省がサンシャイン地熱発電計画として,1997年までに地熱発電を700万kWにするという目標を掲げ頓挫しているが,
これは40,000箇所程度の温泉の汲み上げ量に相当するものと概算される。
地熱発電のために汲み上げられ,不用水として他の地層に再注入される水の量が如何に膨大であるかが分かる。
※2001年現在。第91回東京都自然環境保全審議会議事速記録2001.09.06より。
※例えば,雫石町の葛根田地熱発電所では1,2号機合わせた8万キロワットの発電出力に対して,熱水の汲み上げが1時間約3,000tonである(安代町広報HP2002.08より)。
大分県大岳地熱発電所では1.1万kWで約5,8000L/minを還元している。
前述のように,地熱発電に利用されるほどの高深度の地下から得られる熱水は,通常の場合毒性のある物質を含んでいる。
そのため,発電に用いられていくらか冷却された後の不用水をそのまま温泉として利用することは,ほとんど不可能である。
筆者のもとには,かつて少量の原油成分を含む温水を処理し,温泉として利用できないかという検討依頼があったが,
結果として無害化処理にコストが掛かりすぎることが想定されるために断念した。
人の肌に触れ,飲用にも供される温泉用水の水質には,今後,より厳しい規制が加えられていくと考えられる。
不用水を温泉に直接利用するための研究開発も試みられているが,万一の毒性発現の危険防止対策を含む採算性を考えると,
多難な障害が予想される。
地熱発電が環境に及ぼす主な影響として,次の諸点が考えられる。
通常の場合,地熱発電に利用された後の不用水の大半は,毒性のある物質を分離できないために,熱交換後に地下に還元される。
これは同じ場所に戻されるわけではなく,汲み上げ箇所より高い地層に戻されるのが一般的である。
そこで,その戻された部分で影響を生じうる。
毒性のある温水が,前より地表に近い所に貯められるというだけでも,問題を生じる危険性がある。
さらに,大量の不用熱水を岩の割れ目に注入することから,地層の構造の変化を引き起こす危険性があり,
最悪の場合は,毒性のある地下水の噴出・流出および地層の崩壊とそれに伴う崖崩れ・地震が生じることも考慮しなければならない。
事業を行う前に,戻す場合の影響について,地下水の汚染を含めてその問題点と解決策に関する研究を行い,
その因果関係を明確にしていくべきである。
地熱発電の弊害,特に環境に与える影響が一般に知られていなかった時期には, 地熱発電所はむしろクリーンエネルギーを生み出す新しい観光の目玉として宣伝されたほどであった。 しかし,世間にその弊害が広く知られるようになって状況は変化した。 構造物自体の違和感,冷却塔からの排気による白煙などが,山中に建てられた工場のイメージとして捉えられ, 自然の景観を損ねるものとして嫌悪されるようになってきている。
地熱発電が及ぼす影響のうち,汲み上げる熱水及び気体中に含まれる物質による汚染については,比較的明確にしやすい。
近年になって,それらに対する対応は,ある程度考慮されてきたと言えよう。
しかし,地下水の採取および,還元に関する評価が進んでいるとは考えられない。
基本的には採取地点及び還元地点の水脈と流量,熱水だまり(リザーバ)の規模と温度・圧力などが解明されて始めて,
その及ぼす影響が予測可能となるものである。
しかし,地下の水脈やリザーバは複雑で,その流れをつきとめることは,現在の技術ではほとんど不可能である。
地熱発電が環境に与える影響については,総合的にみて,まだあまり明確にされているとは言えない。
その中で,,各地における地熱発電の可能性の調査と,その調査期間内の環境への影響を観察調査することにとどまっており,
発電期間における環境アセスメント(影響評価)は,事業者に委ねる姿勢をとっている。
国の意向として開発を推進し,お墨付きを与えておきながら,あとは,力関係でどうぞということは無責任に過ぎるように思われる。
たとえば,水中のトリチウム(質量数3の水素原子同位体)で地下水が地表から浸透を始めた時からの時間が測定でき,
水の土壌中での浸透速度の研究などが進められているが,そういった方法を駆使して,水脈の研究などが行われていくべきであろう。
国が地熱発電を推進しようとするなら,影響評価に対する研究について,さらに熱心である必要がある。
地下水脈の解明が進んでいない現状では,影響評価において操業開始後の経過観察が重要な役割を担っている。
これは結果でしか判断できない弱点を持っている。
しかも,この経過観察自体が,実際には容易でない。
温泉などへの影響は,その水脈が偶然至近距離にある場合を除いて,地熱発電を開始した後,相当の時間を経て表れるのが一般的である。
汲み上げる深度やその周辺の地下水の流れについて,具体的に知られていることはほとんどない。
すなわち,経過観察を行うに当たっても,その問題の解決に寄与しうる地層および地下水の流れに関する研究は極めて少ないようである。
トリチウムを使って土壌中での浸透速度を測定した北海道と熊本の例では,それぞれ1.4m/y,2.3m/yという報告がある。
実際には地下水の流れなどがあり,単純ではないが,地下1000mまで水が浸透して到達するには,単純計算では数百年かかることになる。
化石燃料の生成期間とは比べものにならないまでも,非常に長い年月を掛けて水脈や熱水だまりが形作られてきていることになる。
その水を移動させる現行の地熱発電方式が及ぼす影響には計り知れないものがある。
地熱発電の実施においては,他の諸工業における公害問題と同様に,影響についての配慮を加えないまま事業化が先行した。
地熱発電が開始された初期の段階では,不用水をそのまま河川に放流した。
そのために近隣や下流域に砒素等による汚染をもたらし,魚が死滅するなどの被害をもたらした。
また,大気中に放出された水蒸気に伴って硫化水素が放散し,木々が枯れるという状況を作った。
途上国の中には,その後も状況が変わらず,今も被害に苦しんでいるところが多い。
不用水による被害対策として,今では,不用水を地下に還元する(戻す)ことが行われている。
これで見かけ上,河川の汚染は減少することになった。
しかし,その不用水の還元の影響は,因果関係をつかみにくいため,問題の発現を後送りし,不明確にしてしまった。
そういった状況の中で,具体的には地熱発電が行われているほとんどの地区において,
温泉が枯れるなどのなんらかの影響が表れているとされる。
その具体例を,精力的に調査を続けてきた中沢跳三氏の論文の一部より拾い上げる。
これまでの例では,発電の事業者が,地熱発電との因果関係が明確とされる枯渇した温泉に対して,
熱交換によって得られた温熱水を供給するなどの補償を行っている。
これは最小限の補償として当然視されている。
しかし,これは、その温泉を含む地域全体が被る被害を考えれば,全く不十分な補償である。
自然の温泉を破壊するという行為がその程度のことで償われるはずはない。
温泉の枯渇はその温泉経営だけの問題ではない。
温泉利用者には自然の温泉を求める傾向が高まってきている。
国立公園であればなおさら,そうでなくとも自然の景観を損ねた上に,人工温泉のイメージを持たれた場合,
その温泉地の価値は格段に低下する。
温泉の定義の緩和によって,再加熱・循環などの浴場が増えているために,それに関する表示を義務づけようという機運が高まりつつあるが,
自然のものでない温泉として明確にされてしまうと,利用客の心は決定的に離れてしまう。
地熱発電所の建設によって,短期的には経済が潤うという目先の利得があろうが,百年の計としてみれば,大きな疑問が残る。
結果として,地熱発電が,その地方の経済全体に長期にわたる壊滅的な打撃を与えることは十分考えられる。
現在実用化されている方式の地熱発電では,地下の熱水を利用しているが,これはその地点毎に水量が限られていることから,
部分的に枯渇していく。地熱発電を続けていく限り,次々に新しい抗井を掘削し続けていくのが避けられない。
地熱発電には,温泉への影響と有毒物質の大気及び地表への拡散の問題の他に,発電システムへのスケール付着,抗井の寿命などの問題がある。
そこで,これらを解決する方法として,マグマで加熱された高温の岩に水の流れる道を造り,
送り込んだ水を加熱して蒸気を取り出す高温岩体発電が研究開発されている。
この方法は,地下の熱水を汲み上げることがないために,自然への影響が極めて小さいものとして期待されている。
また,この方式で利用できるエネルギー量は,熱水を汲み上げる現状の方式と異なり,膨大であるとされている。
日本最初の国立公園区域内にある霧島地方では,大霧発電所で10,000kWと小規模(許可出力30,000kW)ながら1996年3月より地熱発電が行われている。
この地点より4km離れたえびの高原では5年ほど前から極端に噴気が減少し,自然湧出の温泉が枯渇していると報告されている。
現在,さらに白水越地域,霧島烏帽子岳地域,えびの白鳥地域で新しい地熱調査活動が行われている。
ここでは,調査開始時に,地元に対して抗底における口径101mmの調査井だけの掘削であると説明しておきながら,
5本中4本が口径216mmの生産井に相当する多数の抗井を設けて地熱調査活動を行っていることが発覚した。
発電開始のための交渉の布石と考えられる地元への説明の中で,その既成事実を述べて,地熱発電の実施を説得するという対応がなされ,
地元があきれている。
地元の温泉組合は,当初から発電所建設に反対の意向を示していたが,調査だけということで認めてきた経緯がある。
ここにきて,本格的な発電所の建設についての交渉では,影響調査に対する認識のずれが目立っている。
温泉組合は,地域の将来の観光資源の滅失を含めた議論を巻き起こして,反対運動に取り組んでおり,
これは全国レベルの環境問題として採り上げられようとしている。
化石燃料などに頼らないクリーンなエネルギーが求められる今,地熱発電は一つの選択肢として,有望視されてきている。
それを追求する技術開発努力に対しては敬意を表する。
しかし,それが如何に緊急の課題であろうと,重点目標であろうと,その調査・開発と事業化に拙速が許されるものではない。
前述のように,温泉枯渇や泉量の減少だけをとっても,その影響の例は枚挙にいとまがない。
これだけの温泉枯渇が知られていながら,これまで安易に地熱発電の開発が進められてきたことには驚きを感じる。
環境を守るための新エネルギーが反対に環境を破壊するのであれば,これは全く悲しい結末につながる。
これまでの地熱発電の実施においては,あまりにも環境評価に対して不熱心であったと言わなければならない。
そうならないためには,地熱発電の開発者および事業者は、地方行政組織トップとの話し合いを中心とすべきではなく,
市井の声という熱交換器に通し,過熱した事業化熱を一度さまして,次世代のために考え直す時間を持つべきであろう。
今,研究開発及びその課題の事業化に対する日本の産官学の取り組みには,焦りにも似たものが漂っているように感じる。
目先の経済効果を生みだすことを優先させるあまり,その周辺に対する配慮に欠けるきらいがある。
経済効果を生む研究も大事であるが,それが及ぼす影響を正当に評価する研究にも力を入れていくべきであろう。
その両輪が回ってこそ,後生に悔いを残さない産業の構築,なかでも代替エネルギー政策と諸事業が発展していくはずである。
(こなみ もりよし:技術士,工学博士,元横浜国立大学非常勤講師)