社会人大学院生として,大学に通うというのはどういうことなのか,筆者の経験をもとに,そのイメージをお伝えします。 多くの方が意欲をもって取り組まれることを期待します。
社会人大学院生は,企業等に籍を置き,勤務のかたわら通う学生です。所定の単位を取得し,学位授与審査に合格すれば課程博士または修士の学位を得ることができます。
この制度は個々のケース毎に違いがあり,特に文系と理系では差があるようです。ここでは,筆者の経験を基に工学系の博士課程(後期)について記します。因みに筆者は,プラントエンジニアリング会社に勤務しながら,横浜国立大学大学院工学研究科物質工学専攻(化学システム工学講座)に3年間在籍して,2002年3月博士(工学)を授与されました。
学位を得るためには,所定の年限在籍して単位を取得することが前提となります。それに,論文の審査において,専門力を示す中で語学力と質疑に耐える相応の学識を認められることが必要です。実際には,単位をとり,所定の数の学術論文を提出し査読をクリアすれば,後は力仕事の本論文執筆と発表だけということです。 所要単位は,大学・専攻毎にまちまちです。他に,例えば薬学などでは,最低限の実習期間または実務経験を要するケースなどもあります。
課程博士として所定の単位の取得が必要です。授業に出席する時間が取れない人は,休日の集中講義やレポート提出などで単位を稼ぐことがあります。 筆者の場合の必要最少取得単位は,講義6単位(3科目),演習1単位,特別演習2単位(論文研究),語学講義2科目または語学試験となっていました。 語学は修士課程(博士前期)時の単位が有効で,筆者は履修不要でした。 筆者の場合は、平日の昼(会社の就業時間)に単位をとるために出席することはなくて済みました。
在籍必要年限は通常3年ですが,2年でも可能で,希に1年の人もいます。 横浜国立大学大学院工学研究科(工学府)2002年3月の修了者50名中,1名は1年(特例的)でした。
費した時間は,データの採取即ち実験の時間を除いて,3000時間ぐらいでしょうか。これには,英文を含む学術論文3報に要した時間が約半分含まれています。 毎日欠かさずのペースで3年間を平均すれば,一日3時間ということになります。もし仮に土日だけとすれば1日あたり10時間ということです。 技術雑誌向けの通常のオリジナルの技術記事を書くのには100〜200時間といったところですから,まあ,妥当なところでしょうか。 なお,文章の校正には家族の助けをかなり借りたので,その分はかなり楽しています。
本論文を執筆するのに必要とされる学術論文の数は,分野や大学,審査の主査(大抵の場合は指導教官で,その一件の学位の審査を責任持って担当する。)によって違うので一概には言えませんが,例えば論文博士が4〜6報程度の査読付き論文(自分の名前がヘッドにあるもの)を最低条件とするのに比べて課程博士は1〜3報程度でも許可されることがあります。学術論文は,レフェリー(査読者)がついて,オリジナルであることが証明されたものでなければなりません。
原則として論文著者の筆頭が当人でなければなりませんが,他に共著の論文があると条件が緩和されます。 筆者の場合は,英文論文を含めて3報(うち1報は短いものでもよい)を条件とすると言われました。 論文誌のレベルも当然ながらある訳で,これは審査委員(特に主査)の判断によります。 なお,学術論文は,掲載決定通知があれば有効な数にカウントされます。 なお,学会での口頭発表に重みを掛けてそれとの合計数を基準としているところもあるようです。
公表した,または公表予定の学術論文の内容を体系的にまとめて本論文を執筆します。 形式は特に規定がないので,ケースに応じて指導教官が指示し,大抵の場合前例を参考にして作成します。 構成は,目次,研究の目的,既往の研究,論文の構成と概要,論文を構成する参考資料リスト,本文,総括,謝辞が一般的でしょう。 ページ数は50ページでも内容があればいいとも言われますが,工学系では実験データの図などが多くなるので1ページ1200字程度で100ページ以上にはなるでしょう。 筆者の論文は221ページでした。
審査には,予備審査(修了の約5ヶ月前),本審査(同約2ヶ月前)の2段階があります。実際には,その前に主査(大抵の場合指導教官が務める)に提出して許可を得ないと予備審査が受けられません。
一般に予備審査が最も厳しいようです。審査の発表会での質疑応答を終えた後に予備審査会で合否の判断がなされます。これを通過すると,大学に対するオフィシャルな申請ができます。本審査の直前に,公聴会(誰でも聴講できる)が開催され,質疑応答があります。その後に最終的な合否判定会での質疑応答が行われ,審査委員による判定が行われます。公聴会は直接的には審査に影響しないとされますが,オリジナリティへのクレームがあり,その確認のために数ヶ月修了が遅れたという話もあり,全く無関係ではありません。最終判定で問題がなければ,印刷製本した論文を期日までに提出して,修了の日を待つことになります。
本論文は,最後に黒拍子の堅い製本のものを数部提出する義務がありますが,うち,一部は国立国会図書館で保管されます。
筆者の日程(オフィシャル)を例として示します。 ノーマルな最短期間です。
1年目10月 出願締め切り(実績と研究テーマを提出)
2年目 2月 入学審査(数人の審査官による口頭審査)
2年目 4月 入学オリエンテーション(1年目)
3年目 3月 中間報告(1回目)
4年目 3月 中間報告(2回目)
4年目10月 予備審査(3年目)
5年目 1月 博士論文公聴会及び本審査
5年目 3月 修了(学位授与)
国立大学の場合,学部学生とほぼ同じです。入学金と3年間の授業料合計に交通費と資料作成代といったところです。なお,学割は利用可能で定期券は大幅に割引されますが,筆者は何となく利用する気にならなかったのでメリットを享受できませんでした。勤労学生としての所得税上の控除は、大学院生の場合はありません。
筆者のケースは,会社にとっても,指導教授にとっても初めてだったので,先のみえにくいスケジュールの中での試行錯誤の連続でした。 その筆者の経験に見聞きしたことを含め,やや一般化して記述しました。 実際には大学,分野,専攻,指導教授によって違いがあると思います。具体的には,行きたい研究室に問い合わせてください。
(こなみ もりよし)