>> 技術士受験記                    小波盛佳

「粉体と工業」誌掲載(1992)文をUPDATE(1992.06.29)

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目次


はじめに

化学工学出身の筆者は,機械部門と化学部門の中間にあり,技術士試験を受けられるとは思っていなかった。しかし,周りに勧められて1990年度に受験し,比較的短期間の勉強で運よく筆記試験に合格した。ところが口頭試験で失敗し,翌年再度受験して合格した。受験部門は機械,専門科目は化学機械で,専門とする事項は「粉体のハンドリング」とした。
 技術士2次試験は4月始め申込締切,8月筆記試験,12月口頭試験である。他の多くの国家試験と異なり,口頭試験不合格者に次年度の筆記試験免除はない。
 (※追記1 2001年度の試験制度が変わったが,選択解答の設問が新たに加わった他は,試験の内容に大きな変化はない。)

1.さあとりかかるか

重い腰を上げて思い立ったら,ちょうど受験の申し込み締切まで2週間。日本技術士会に願書を取りに行き,見ると願書の業務経歴などの記入が容易でない。大急ぎで過去のJOB資料を整理し,業歴証明の手続きを済ませて,最終日に間に合わせた。
 技術士の元上司に,「3回受けてだめなら,見込みは少ないでしょうね。」と言われて,「それなら3年計画でやろう。」と考えた。初年度目標は,まず受験技術のマスターとペース作りである。しかし,なかなかやる気が出ず,用語辞典などを拾い読みする程度であった。
 そのうち,ろくに勉強していないのに受験を盾にして家庭を省みない亭主に対抗するために(?),妻も自分の専門の国家試験を捜してきて受験すると言い出した。「勉強する気がないんなら代わりに子供の面倒でも見たら!」という訳である。

2.のってきたぞ

中2の娘も英語の試験を受けると言い出した。家の中は受験生ばかりでまるで戦場である。遅ればせながら,だんだん調子が出てきて,受験の1カ月ほど前になると,「こんな調子であと2年もやるんじゃ大変だ。何とか1回で合格したいものだ。」と虫のいいことを思うようになってきた。この時期は手当り次第に資料を作って勉強したが,内容が全般にわたったものでなく,結局,自分の手掛けた技術範囲の対象を中心に模範答案を作成する方法を採った。

3.筆記試験はまあまあ

試験は真夏の8月23日。若いうちは試験の直前は余裕を持つべきだと思っていたが,それどころではなかった。試験の直前も,弁当を持ち込んだ昼食の時間も必死になっておさらいして臨んだ。
 試験が始まると,風を防ぐためにクーラーのない大学の教室の窓を締め切りにされて,汗かきの私はタオル2枚がびしょぬれになるほどであった。答案用紙の綴じ方に不慣れで,また気負いすぎたため,天地逆に書き始めたことが1回,半ページ分飛ばして書き続けたことが1回あり,時間をロスした。時間の配分どころでなく,とにかく懸命に書きまくった。時間になっても,まだ1,2行書き続けたほどである。準備不足のため最も懸念した機械一般の問題では,幸い私がJOBで経験してまとめてあった範囲内で選択することができ,好運であった。むしろ,得意なはずの化学機械専門の範囲で勉強不足を後悔した。
 試験が終ると,12,000字分の答案用紙の相当部分を埋めたことで,腕が挙がらないほどの疲労と開放感が待っていた。
(※追記2 その後,クーラーのない試験場はなくなったようである。)

4.口頭試験で涙をのむ

筆記試験は,ほぼ同日程で進んだ妻の筆記試験と共に合格。落ちる人はごく少数とあって,これで前祝いとなった。その合格通知から口頭試験までは1カ月半ほどある。あわてて技術士の先輩に注意点をお聞ききし,口頭試験受験講座を受けたが,あまり緊張感が涌かなかったのは,気持ちが浮わついていたことの表れにほかならない。おまけに,試験が近くなって急な仕事が加わり,忙しさに紛れてしまった。
 しかし,口頭試験は甘くなかった。30分間,図−1のような配置で向かい合って試験されて薄っぺらな知識が馬脚を現してしまった。大学教授と見られる方が中心で,技術士と見られる方が補足質問したが,私にとって明らかに不得意と看破された専門知識について質問された。また,実績などについては,誤解されるような答え方をして,後で考えれば反省すべき点だらけであった。
 結果は不合格。妻と娘が面接試験にも合格していたため,なんとも辛い。今は大学教授になっておられる技術士の方に,「私は,3回目の面接で合格したんですよ。」と慰められて,複雑な気持ちになった。

5.新規巻き直しをはかる

気を取り直し,2年目は必勝の構えで臨むことにした。受験講座の受講を申し込んで,3月から本格的な勉強を始めた。娘が高校受験で,今度も考えようによってはいい環境である。
 まず,「問題の傾向をつかむのも試験のうち」と聞き,最近10年間の全ての問題を整理し,傾向をつかんだ。併せて,「自動問題生成ソフト」を自作した。ワープロ文中の自分の覚えたい数字,術語などを「」で括っておけばそれを伏せ字にして出題してくれるものである。勉強の息抜のつもりで汎用的なものを次第に完成させていった。もっとも,資料作成に追われて実際にこれを使用することは少なかった。問題資料を作る過程で覚えることの方が意味があったようである。作成した資料は,最終的におよそ16万字分になった。
 学習時間としては,通勤の約2時間,始業前の1時間,帰宅して10時頃から2時間以上,そして休める休日は殆ど終日をあてるように努めた。担当していた長丁場の3件のジョブで多忙であったが,試験の直前にピークがこないように,可能な範囲で調整した。筆記・口頭とも直前の2カ月間は禁酒を宣言し,どうしても断われない義理の席では量を控えた。講座の添削と模擬試験はそれ自体の効果より,学習意欲を持続させるのに大きな意義があったと思う。

6. 2度目の試験は準備万端?

2年目の筆記試験会場は冷房付。前年の暑さに懲りてTシャツ一枚であったので寒くなり,タオルを腹巻代わりに使った。試験中に腹の中を覗くような格好をしたので,試験官にじろりとにらまれてしまった。業務経験論文で用意していた内容の重要部分を書き忘れたことが悔やまれた以外,結果は概ね良好であった。口頭試験に備えて,その日の夜遅くまでかけて筆記試験で記述した内容を詳細に記録した。
 受験講座の開始時,講師より「口頭試験は,特に機械部門では若い人に厳しいという傾向がある(化学機械で受けた他の若い方も前年度不合格となった)ので,今度は筆記試験で頑張って,口頭でフリーパスになる程度に優れた答案を書くようにしなさい。」と指導された。勉強の甲斐あってか,2年目は同じ試験官達に「あなたはよく勉強され,経験も豊富なようだから」と言われ,ほとんど座談的なものになった。部門,専門科目,試験官によって異なるとは思うが,筆記試験の成績によって設問が変わるようである。「完璧に解答したように思うが不合格であった」という人もいて,筆記試験の成績によっては,よほど光るところを見せないと合格しないこともあるらしい。
 ともあれ,2度目の口頭試験で合格でき,やっと「待って戴いた原稿書きなどができるなあ。」という思いであった。

7.文章力と速書きを訓練する

文章を書くことは好きな方で,専門以外にも書いてきたが,5年ほど前から2年間,ブラッシュアップのために,新聞社主催の「文章講座」(通信教育)を受講した。技術士の受験を意識してはいなかったが,毎月テーマを与えられて400字以内にまとめることで,文章を簡潔に書く訓練になった。また,話しながら作るリアルタイム打ち合せ記録は常に心がけており,これは必要十分な内容を文章にすることに役立った。
 技術士試験では,部門,専門科目によって多少の違いがあるが,たとえば午後の部では,考える時間を含めて1.8秒に1文字のペースで書く必要がある。新聞記者で1.5秒程度というから,これは相当速い。当時既に資料の作成はほとんどワープロで行ってきていたので,いわば手書き練習のリハビリを行った。小さい文字で記述速度を上げようとしたが,マス目に合わせて文字が大きくなる習慣は直せず,うまくいかなかった。最終的には,時間内にほぼ全ての行を文字で埋め尽くせるほどには速くなった。筆記具として,疲れの少ないシャープペンを選び,これは破線の引ける定規と共に役に立った。
 「試験では必ず読み返して校正しなさい。」と指導されたが,実際にはその時間がとれなかった。しかし,私は,練習用答案でも誤字脱字が殆どないと講師に言われていたので,特に心配なかった。日頃,家族で文章の校正をしあっていることなどが役立っていると思う。字や表現を誤ると減点が大きいとされており,他人に見てもらって修正し,訓練することは大事なことであろう。

8.試験勉強にはコツがある

3種類に分かれた試験内容とそれに対して筆者が選んで解いたテーマを,表−1に示した。全く質の異なる問題と言ってよく,それぞれに勉強のコツがある。
1) 業務経験論文(問題?−1)
 業務経験論文の出題形式は,専門科目毎にほぼ同様のものであるが,年度によって多少の差がある。私の場合は,最初,一つまたは二つのジョブについて記せという両方の設問に対して記述できるように用意したが,特にそのうちの一つについて校正を重ねながら次第に完成度を高めた。
 特に注意したのは,?詳細なフローシートを速く画くこと,?仕様の数値を明確にすること,?反省と今後の展望を詳細に記述することの3点であった。
2) 化学機械専門(問題?−2)
 化学工学的単位操作のいくつかのテーマに関しては,実務上で処理方式・機器選定書を客先に提出する仕事があり,力がついていたように思う。受験の1,2年前からそれまでと異なる分野の仕事にも携わる機会が多く,専門の幅が広がったことも幸いした。
 しかし,主として粉体プラントの設計と試運転に携わってきた私には,それ以外の化学工学的な単位操作等に関する知識・経験が不足していた。このため,比較的概念のつかみやすい単位操作を中心にテーマを決めて学習した。前年の経験から,専門の幅が狭いと判定されないために,「得意な粉体からできるだけ離れた単位操作について解答できるように」心がけたが,これは全体を通じて最も困難な学習であった。
3) 機械一般(問題?)
 これは,部門共通の必須問題で,出題の傾向をつかむことが重要な作業になる。2年目は最近出題されたものを整理し,その中から頻度の高い一般的なテーマ,および最新の話題性の高いものに対する出題傾向などをつかんだ。結果的に,なじめない自動車・鉄道,荷役機械は勉強の対象から外し,通常の業務で縁がなくても比較的興味が持てる機械加工などの最新技術に力を入れることにした。ある程度範囲を限定することによって,不得意と思っていた機械一般の知識に自信が持てるようになった。

9.情報集めは工夫して

10年ほどの間,粉体工学会東京談話会の幹事,日本粉体工業技術協会の編集委員などを勤めてきたので,最新の技術動向には敏感でいられた。また,業界団体に対する寄与の程度は,合格判定にいくらか加味されるという。
 必要な専門誌は個人で購読していたが,日本機械学会には新たに入会した。この学会誌は読みやすい。機械一般の資料集めには近くの県立図書館をよく利用した。会社では回覧された新聞を一時保管してもらい,それを効率よくまとめ読みした。後に1紙は個人でも購読した。
 表−2に,技術士試験の18部門68専門科目(※2002年現在20部門となっている)から,読者に関連すると思われる専門科目を独断で抜粋して示す。ちなみに,1990年度の化学機械専門の合格者は6名(筆記合格は8名)であった。なお,技術士取得については,粉体と工業誌第22巻5号(1990)の前田勇氏の記事をご参照願いたい。さらに詳しく知りたい方には,本田尚士著「技術士ハンドブック」(テクノ刊)などがある。また,(社)日本技術士会(〒105東京都港区虎ノ門2−8−10虎ノ門第15森ビル http://www.engineer.or.jp/) に問い合わせれば,親切に教えてくれる。
 2回受験することになって,苦しい思いもしたが,結果的には基礎から幅広く勉強できてむしろ自信を深めることができた。受験にあたっては,学会・協会の諸先輩,顧客・関連会社の技術者,講座の講師,上司,同僚などのご指導とご協力を得た。感謝の気持ちでいっぱいである。

付録 技術士受験の参考書(書名のみ)

1)先端技術
 先端技術用語集,先端技術100の常識,先端技術の基礎用語,スーパーテクノロジー
2)機械
 機械工学便覧,機械の力学,要説機械工学,機械実用便覧,図説機械用語辞典,設計工学,機械の話,機械工学のやさしい知識,熱力学のやさしい知識,硬さのおはなし,機械運動機構,多種少量生産読本
3)化学機械・化学工学
 化学工学便覧,化学装置便覧,吸着,物質の化学,分離膜のおはなし,ファインセラミックスのおはなし,地球環境キーワード辞典
4)粉体工学・技術
 粉体工学用語辞典,粉体工学便覧,粉体理論と応用,ほか専門書多数
5)一般技術常識など
 卓上物理辞典,設計心得ノート(正,続),モーターのABC,JISとSIに基づく量記号・単位記号の使い方,化学話の泉,化学入門,技術士への誘い,技術士ガイドブック
6)購読誌紙
 機械工学会誌,化学工学会誌,粉体工学会誌,粉体と工業,化学装置,日刊工業新聞,日経産業新聞,化学工業日報

(こなみ もりよし)


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