企業における新人技術者教育として,3年間のプログラムを作って実施している例について説明します。 この企業は,300人弱の化学系プラントエンジニアリング会社で,ごく一部の事務職を除きほとんど工学系技術者が構成しています。
<「粉体と工業」誌2000年3月号掲載文をUPDATE>
なにごとにも入魂。新しい教育システム構築の中でOFF−JTの枠組み作りをすることになった時、腕のふるいどころだと思った。人員構成上、中間層の少ない当社にあって技術の伝承は大きな課題である。また、教育システムは教育する者とされる者の双方を納得させるものでなければならない。さまざまな意見をまとめて、あるべき方向を探り出していくという作業をしながら新しい時代への夢を盛り込んだ。
入社後3年次までを対象とする当社の技術系基礎教育は、そうしてできあがったOFF−JT(off job training)プログラムと少し変更されたOJT(on job training)カリキュラムを試行錯誤しながら実施し、約2年が経過しようとしているところである。
DECENTという言葉がある。すばらしいというほどではなく、人として一定のレベルを確保しているといった程度であるが、日本語では死語に近くなった「まっとうな」といった意味を持っている。当社の技術者基礎教育には、このDECENTに形容されるまっとうな技術者として育って欲しいという思いが込められている。
入社する総合職のほとんどが技術系で最初の1年間は本社に配属され、この間にOFF−JT集合教育の大半を受ける。次の2年間も転勤はあるにせよ技術関係の部署に所属する。この初期の3年間に体系的なOJTを行っている。
当社は粉体関係だけでなく、広範なプラントを設計施工している。規模と各事業所の構成から考えても技術者の専門を狭く限定することは難しい。そこで、少なくとも早期に基礎となる技術を身につけてもらおうというのが、この教育のめざすところである。
1年間固定された教育担当者が一緒に仕事をしながらマンツーマンで指導し、多くの指導用書類による管理を行っているOJTカリキュラムと、通常の仕事を離れて行うOFF−JTプログラムで構成されている。現在のシステムで教育を始めたのは平成10年度である。OJTカリキュラム方式は7年間教育を前提としてその前の5年間続けられてきていたが、この年より内容を少し減らして3年間教育に短縮された。早く一人前の自覚を持って欲しいという思いからであるが、若手が多い人員構成の中で教育担当者に比べて対象者が多すぎて手が回らないという事情もあった。OFF−JTも、体系化はしていなかったが古くから続けられてきた教育である。それを1年間知恵を集めて案を練りなおし、新しい形で発足した。OJT、OFF−JTとも1年間実施後に若干の見直しを行い、総合的に体系化したマニュアルとフォームが、社内規格の一部として登録されている。
技術系基礎教育の対象者は、入社後3年までの全ての技術系社員である。営業や工事管理などには、原則として3年間の技術系基礎教育を受けた後に配属される。4年目以降は各部署毎の職種教育を実施しており、特に会社全体での統制的な管理はしていない。OJTが中心となるので、粉体を主に扱う部署に配属されれば、当然ながらOJTで粉体を中心に学んでいくことになる。その職種教育の中でもOFF−JTの内容を明確にしていくことが望ましく、これは引き続き各部署の検討課題となっている。
定期採用以
外に中途採用がある。時期がずれれば初期教育は個別になるので、配属部署で技術系基礎教育の内容を参考にして実施される。講師派遣のために関連の各部署が依頼されるのは、通常のOFF−JTと同じである。初年次のOFF−JTプログラムに途中から参加することもある。年齢によっては、基礎教育でなくその人の経歴や職種に応じて行う職種教育として位置づけられる。
当社のOJTはいわば管理型の徒弟制度である。年度の始めに、教育対象者に対して教育担当者とコメンテーターを決める。この教育担当者は教育対象者をマンツーマンで1年間教育する。担当者には所属部署の管理職の中から資格に定められた者が選ばれるが、副担当を置いて指導させることもある。仕事の関係から他の部署などで業務を行うことも多いが、その場合は教育も併せて依頼する。コメンテーターは教育管理部署(技術本部)の管理職から選ばれる。こちらは通常複数の担当者、対象者の組を受け持つ。
OJTは当人同士で行われて外部から見えにくいため、客観的に判断することができるよう文書でその進捗を確認しながら進めていく。文書の種類と流れは表1の通りである。
(表1)技術系基礎教育で用いられる文書
まず、担当者は教育・育成実施計画書を作成する。これには年度の重点目標、担当予定業務、開発すべき能力などを記入する。計画書には詳細なカリキュラムを付けなければならない。決められた多くの項目に対して、対象者と所属部署、予想される仕事の内容を考慮して到達すべきランクを記入する。例えば化学工学系総合職に対しては、総計240もの項目に対して検討する。カリキュラム表のうち、最も基本的な一般事項と粉体に関する項目の一部分を、表2に示す。粉体関連事項の理解度(到達目標値)が低いのは、それを専門とするとは限らないために最低レベルを示しているからである。
(表2)OJTカリキュラム項目の一部
この計画に対して、コメンテーターは方向性などを含め客観的に評価してコメントを付けて返却し、OJT教育の一年がスタートする。
年度の途中で2回の経過報告書、年度の終わりには結果の報告書が提出される。任されている仕事の遂行状況と教育項目の実施状況を対象者と担当者がそれぞれ記述する。対象者には自由な感想、要望を述べる欄も設けてある。
担当者の各種の文書は所属長によってチェックされるが、対象者の報告書だけは担当者に見せず、所属部署のチェックをほとんど受けない。コメンテーターは双方の報告書を読み比べて、問題があればそれとなく担当者に指導上の問題点を指摘する。これがなかなかおもしろい。何々をしっかり教育したという担当者の記述に反して、対象者があまり教育されていないと不満を述べていることがある。逆に、大変にお世話になっていると対象者がひたすら有り難がっている報告も多い。もっとも、これはそう書くことで面倒な意見陳述を避けているのかもしれない。教育と無縁の要望を出してくることもたまにあるが、それも若者の考え方ということで参考になる。年度の最後には担当者が教育育成結果報告書、対象者が自己能力開発報告書を提出する。その記述とチェックは経過報告書と概ね同様である。
このシステムのねらいは、OJTの実施状況を当事者と第三者が確認することで、客観的な評価を与えることにある。まず、基本的な技術内容については全員がマスターしているかどうかをチェックする。さらに、専門化した特定の内容に関して深く掘り下げるなど、教育担当者は方針を出してよいことになっていて、その目標に対してどれだけ達成できたかをみることができる。このシステムの評価は主観的なものであるが、進捗を数値化しているので分かりやすい。ただし、合計点で進捗度を測るのは人事評価とのかねあいがあって避けている。
1年次生のOFF−JTは、初期の人事主催ガイダンス約10日間や所属部署での自主講習を除いて、集合教育が45日になる。宿題として出されるレポート類も多く、実際の合計は相当なものになる。座学が中心にならざるを得ないが、体を使うものもできるだけ多く取り入れている。OFF−JTでは、専門講習の受講の外、実習と演習による体験、表現力向上などに力を入れている。一年間のプログラムを表3に示す。初期の座学はあまり頭に残らないという反省があってこれを短縮し、かなりの部分を1年の全期間にばらまいている。実際には後半になると戦力の一部となってきて仕事で参加できない者も出るなど不都合も多いので、スケジューリングには細かい配慮が必要である。
(表3) OFF−JTプログラム(年間計画)
OFF−JTプログラムの新しい試みの中にジョブ処理演習がある。ある特定の化学プラントを想定し、約2週間かけて模擬設計演習を行う。基本的には既に設計施工したプラントを少しアレンジして題材にする。各設計工程毎に設計の専門部が分担しながら進めて、講義、自習、チェックを繰り返して仕事の流れを一通り把握できるようにする。8日間で実施した場合の実施例を表4に示す。実施時期は、ある程度仕事の経験を積んだ初年度末を選んでいる。これは教育を計画する側にも準備の上で大きな負担となるが、それまで断片的、補助的に担当してきた仕事の持つ意味がよく理解できると好評である。
(表4) ジョブ処理演習プログラム例
年度の最後にはインタビューによる成果の確認を行う。最初の年には多くのコメンテーターが一緒に面接したので、対象者の緊張感がやや高く本心が聞き出せなかった。面談内容や評価に偏りが出るにしても、マンツーマンに近い形で行った方が良さそうである。また、多くの質問事項について,事前アンケートで回答を求めておいてから実施するのがよい。
当社の教育システムが現在どうであるかということより、独善的ながらそのシステムの方向性について述べたつもりである。総合的なレベルの向上と同時に、専門性の高さも教育しなければならないが、現在のところ教育担当者が指導するOJTに任されている。これについては、教育担当者に対する明確な指針の作成など、もう少し方向を示してもよいのかもしれない。技術が多様化して揺れ動く時代の教育システムのありようをこれからも模索していかざるを得ないようである。
(こなみ もりよし)